公益財団法人ベネッセこども基金

活動実績

教職員・教育委員会職員とともに考える「障がい(しょうがい)理解教育」のこれから 

よりよい社会づくりにつながる学び支援

「よりよい社会づくりにつながる学び支援」の一環として、ベネッセこども基金では、社会にはさまざまな人がいるということを肯定的に体感する機会創出の支援、そして多様性を自然に尊重する日常をつくるための教育現場の在り方の検討を行っています。

この夏、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を主宰する一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ様の新しいソーシャルエンターテイメント「地図を持たないワタシ」の開催を支援しました。くわしくはこちらをご覧ください。

このような体験を非日常の体験に終わらず、多様性を自然に尊重する日常にするために、インクルーシブ教育の実践に取り組んでいる自治体の教育関係者とともに、ワークショップ「障がい理解教育はどうあるべきか」を一般社団法人UNIVA 様との共同実施により、開催しました。

ワークショップには、インクルーシブ教育の実践に取り組む全国の5つの自治体、大阪府、大阪府箕面市、広島県、埼玉県戸田市、東京都狛江市から、教育関係者18名が参加。
これまでに世界50カ国以上で開催され、900万人を超える人々が体験しているダイアログ・イン・ザ・ダーク 、社会にはさまざまな人がいるということを肯定的に体感する地図を持たないワタシ 、この二つのイベントを4グループに分かれて体験し、その後、個人の気づきをシェアしながら、「障がい理解教育はどうあるべきか」「これから教育現場で何ができるか」について対話を行いました。

その実際の声を中心にご紹介します。

対等な関係性で「誰一人取り残さない」

それぞれの体験を持ち寄って集まった夕方のワークショップ会場。再びシャッフルして4グループに分かれ、UNIVAの野口晃菜さんをファシリテーターに迎え、対話を進めました。このワークショップの目的は、「多様性を尊重するために、教育はどうあるべきか」 を話し合うこと。最初に個人の感想、実感をシェアするところから始まります。

その場には、教育委員会職員、小学校の教員などさまざまな立場や肩書きの人たちが混在していたものの、「立場や年齢など関係なく、みんなが初体験の場所に立つ」こと、つまりフラットな関係からスタートできたことがよかったという感想がありました。『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』と『地図を持たないワタシ』を体験する際には、各自で決めた自由なニックネームで呼び合うため、お互いの肩書きや立場がわからない状態でスタートします。この対等な関係性が、対話の重要な土台となっていたようです。

体験前は、その場で初めて会う人もいるため少し緊張気味に敬語でやり取りしていたみなさんも、90分の体験を終えると生き生きとした表情に。初めて出会った大人同士がニックネームで呼び合い、共に旅をし、何かを成し遂げた仲間のような雰囲気に変わります。 『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』では、「最初は暗闇で不安になったが知らない人ばかりなのに人の温かさを感じた」「はじめての人といろんなものを超えて話せた」「顔も名前も知らないところで参加することはアウェイ感を感じて難しかったが、終わったら距離が縮まっていた」「対等に対話することの大切さを感じた」という感想がシェアされました。

『地図を持たないワタシ』でキーワードになるたった一つの約束は、「誰一人取り残さない」こと。そのために、冒険を通してみんなで常に語り合い、答えを決めて進んでいきます。「目が見えない」「音が聞こえない」なども、そのような環境の中では「ネガティブなことではなく、"人のつながり"には何の障がいにもならないということを実感した」という感想を持った人もいます。また、「誰一人取り残さない」は学校や教育現場では身近な言葉ですが、「形だけの言葉になっていないか、実際にできているか」と振り返る教員もいました。

本当の障がい理解教育とは

公立学校では、障がい理解教育として、これまでにもさまざまなプログラムが行われています。アイマスク体験、白杖体験や車椅子体験などが実施されている学校もありますが、「それらとは明らかに異なる体験だった」と参加した皆さんは口を揃えます。これまで学校で行われてきた障がい理解教育の多くはその場限りの体験で、子どもたちの感想は、「かわいそう」「自分がそうでなくてよかった」「大変だと思う」「助けてあげたい」、もしくはパラリンピック選手などの講演に対しては「障がいがあるのにすごい」というものだったと言います。大人でも同様の感想を持つことがほとんどです。

しかし今回は、全く質の異なる体験となりました。まさに自分の困りごととして体験するのです。「困ったことを伝えることが大事」「自分から待ってと言えなかった。発信する難しさを体験した」「困っていることを共有して解決方法をみんなで考えると良いと思った」「誰かの声が聞こえるとホッとした」「ここに段差があるよ、階段があるよと自然に声に出してみんなに伝えられた」など、「助けてあげるかわいそうな人」ではなく「共に考える仲間」として理解が深まっていきます。

『地図を持たないワタシ』では、さまざまな課題を通して対話をした後には、第一印象が変化することも実際に体験します。「マジョリティだと思っていた私が最も簡単にマイノリティになった」「言葉を使えず、細やかな思いを伝えられないもどかしさを体験した」「キャストが自己開示してくれたことで私も開示でき、対話が深まった」などの場面もありました。

また、『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』では、どんなに目を凝らしても全く何も見えない真の暗闇に包まれます。「暗闇で一歩も動けなかった」「キャストがいなければ心細かった」「目に見える社会では役割に振り回されるが、暗闇の中ではフラットになれた」「むしろ暗闇のほうが心がつながりやすい」「最初は不安だったけど、だんだんみんなといると安心できるようになった」と、その初めての体験にほとんどの人がこれまでにない衝撃を受けるようです。最後には「もう少しこの暗闇の中にいたい」という感想も出るほどでした。

これから教育現場で何ができるか

この二つのイベントからの気づきは、障がいがある人、ハンディキャップを持った人だけのものではないと誰もが感じていました。 「障がいの有無に関わらず、みんな何かしら困りごとがある」「自分がどうしたいのか、どうして欲しいのかを考え、それを伝えることは誰にとっても大事」「苦手なことがあったとき、それをどうするかを一緒に考える」などは、日常の学校生活で全ての子どもたちにとって必要なことです。「みんなでつくりあげる」こと、「誰一人取り残さない」も、普段の日常生活、仕事にも共通して言えることだと感じた人も多かったようです。でも、「それを普段できているだろうか?」「人に上下もえらい、えらくないなどないはずなのに、社会の中で本当の自分を生きているだろうか」と自問した人もいます。

このようにこれまでの価値観を大きく揺さぶられた体験を、非日常のものとして終わらせず日常に根付かせるため、教育現場では何ができるのでしょうか。

特別支援学級の教員からは、「通級や特別支援学級と通常の学級が分け隔てられている」「全てを一緒にする必要はないが、日常生活を一緒に過ごすことで大事なことに気づく」という声も上がり、「学校に多様性がなければ、子どもに多様性を理解させることは難しい。何から始めればいいのだろう」という問題提起につながりました。実際に二つのプログラムを「社会科見学などで子どもたちに体験させたい」「まずは先生方が体験することで大きな変化がありそう」という声のほかにも、今すぐ学校でできることとして、「安心安全の中で対等に対話ができる関係性をつくる」「取り残された感覚を常に意識する」という意見もありました。「果たして今までの教室は、安全に対話できる場なんだろうかと申し訳なく思った。学校でもこういう場を作らなければならない」と真摯に反省する声もありました。

「今日の体験ではあらかじめ用意された正解はなく、対話しながら自分たちの答えを探しつくりあげた。学校ではそういうことがほとんどない。子どもたちと共にそういう機会を増やしていくことが大事だと思う」というある教員の声にも表れているように、これからの教育現場で実践していくことに明らかな正解があるわけではありません。この日参加した全ての人にとって確かなことは、体験によって一人一人の心や価値観が大きく動き、ワークショップの対話が充実し、多くのアイデアを共有できたという事実だけです。

「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を主宰する一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティの志村真介さんは「子どもだからこそ、大人だからこそ、障がいがあるからこそ、できることがある。そのポジティブなことに目を向けてほしい」と話します。

午前中から二つのイベントを体験し、夕方のワークショップが終了した頃にはすっかり日が暮れていました。そして、ようやくみなさんは思い出したように名刺交換。それぞれの自治体の先進的な取り組みに深くリスペクトを示し、興味深く耳を傾けています。 学校をよりよい場に変えていきたいという熱い思いが会場を満たしていました。

日本の教育現場での多様性理解・障がい者理解への道は始まったばかりです。ベネッセこども基金は、この一歩を確実に現場での実践につなげるお手伝いに、引き続き尽力したいと考えています。

▼教職員・教育委員会職員の方から出た気づきやアイデア(一部抜粋)

  • 自分の「トリセツ」を作って共有する
  • 「私のヘルプマーク」「逆ヘルプマーク」をつくり、お互いを理解する
  • 自分が思っていることを言い合える場をつくる
  • 苦手をシェアする、語り合う
  • 数時間の交流ではなく、2泊3日などのキャンプなどをする
  • 子どもたちの「困り感辞典」をつくる
  • 若い教員に今日のイベントを体験する
  • 大学の教職課程で体験する
  • みんなが学べる学校にしたい
  • 子どもたちにも体験して欲しい
  • 当事者との触れ合いの機会をつくる
  • 違いは価値だ!
  • 支援学級の子どもたちを知る機会をつくる
  • 学ぶ時間や場所を自分で決められる学校にしたい
  • 立場の逆転を体験してみる
  • 友だちが通級に行くことをポジティブに捉えられるようにしたい
  • 誰にでも障がいを持つ可能性がある
  • 学校現場の障がい者雇用率を上げる
  • 目隠しして45分授業を受ける
  • イヤーマフをして授業を受けてみる

協力:LITALICO学校教育事業部

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