『鳥飼否宇「生徒会書記はときどき饒舌」
第3話 なくなった鍵を探せ(前編)』

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アタマをきたえる
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2022.10.31
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 生徒会では会長の岡村さくらが提案した「S中の田んぼ」作りが真剣に検討された。そして文化祭も近づいてきた10月中旬のある日、生徒会一同は以前水田で稲作をやっていた星野達男という元農家の男性をたずねることにした。
 放課後、校門の前に生徒会メンバーが集まっていると、少し遅れて副会長の佐野悠馬があらわれた。悠馬は双眼鏡を首からさげた男子生徒をつれてきていた。
「遅れてごめん」悠馬がおおげさに両手を合わせた。「こいつを呼んでくるのに時間がかかっちゃって。こいつは星野虎太郎。小さいころからの遊び仲間で、今日たずねる星野達男さんの孫に当たる。こいつがいたほうが話がスムーズに進むと思って、連れてきた」
 生徒会のメンバーを前にして、虎太郎はガチガチに緊張し、直立不動になっていた。
「い、1年2組の星野虎太郎です。S中の田んぼを作る計画は悠馬先輩から聞きました。ぼ、ぼくもお手伝いできるよう、がんばります。よろしくお願いします」  ぎこちなくおじぎをする虎太郎を見て、さくらが笑った。
「星野くん、そんなに緊張しなくていいから、リラックスして。星野達男さんの身うちの人がいっしょに来てくれると心強いな」
 庶務の北原翔は虎太郎の双眼鏡に目をつけた。
「どうして双眼鏡なんか持ってんの?」
「あっ。こ、これは......最近、鳥にハマっていて......」
 会計の浜松大雅が、虎太郎の言いたいことをさとった。
「バードウォッチングを始めたということでしょうか、星野くん」
「はい、そうなんです。通学の途中でもなにか鳥が見られるかもしれないので、双眼鏡を持ち歩いています」
「双眼鏡なんて持ち歩いてたら、のぞき魔と間違えられるんじゃないの?」
 翔がからかうと、虎太郎は顔を真っ赤にして固まってしまった。みんなの後ろで影のようにじっとたたずんでいた書記の大場心美がおずおずと声をかけた。 「そろそろ出発したほうがいいんじゃないでしょうか」
「そうね、じゃあ行きましょう」
 さくらが号令をかけ、一同は校門を出て、星野の家へ向かった。しばらく歩いたところで、さくらが虎太郎に質問した。
「そうだ、星野くん、この辺ではツバメの巣が減ってるんだって。知ってた? 佐野くんが夏休みの自由研究で調べて、優秀賞を取ったの」
「ツバメ、もう南へ渡って行ってしまいましたね。ツバメの巣が減っていることは知っています。だって、悠馬先輩に頼まれてぼくもツバメの巣を探しましたから。それから、ぼくのことは虎太郎って呼んでください。みんなそう呼んでるんで」
「わかった。じゃあ、これからは虎太郎くんで」さくらが悠馬に問いかけるような目を向けた。「もしかして、佐野くん、虎太郎くんにも手伝ってもらったの? たしか壮馬先輩にも手伝ってもらってたよね?」
「というか、巣を探したのは全部壮馬兄さんと虎太郎じゃないの? それで優秀賞って、ずるくない?」
 さくらと翔から兄の名前を出して非難(ひなん)され、悠馬はムキになって言い返した。
「ちげーって。兄貴にはアドバイスをもらい、虎太郎にはちょっぴり手伝ってもらっただけだって」
「まあまあみなさん、そんなに熱くならないで」大雅が三人をなだめる。「それより、あそこにいる鳥はなんという鳥ですか、虎太郎くん」
 大雅が指さす先に電線があり、1羽の鳥が止まっていた。虎太郎が双眼鏡を当てた。
「キジバトです。ぼくハトが大好きなんです」
「ねえ、どうしてハトが好きなの?」さくらが目を輝かせて質問した。
「だって、ハトは平和のシンボルだから」
「じゃあ虎太郎くん、どうしてハトが平和のシンボルになったか知ってますか?」
 大雅が相手の実力を試すように聞くと、虎太郎は思わずうつむいた。
「知りません」
 大雅が眼鏡に手を添えて、おもむろに語る。
「ハトがオリーブの小枝をくわえてノアの箱舟に戻ってきたからです」
「オリーブ? ノアの箱舟?」
「旧約聖書の『創世記』のなかのエピソードです。地上の人間が堕落したことに憤(いきどお)った神は、地球に大洪水を起こして、人間を滅ぼそうとします。
ただ、賢者ノアだけは許されて、神はノアに大きな箱舟を造るように命じます。
その箱舟にノアなど8人の人間と食料、それにすべての動物をつがいで乗せたうえで、大雨を降らし、洪水を起こします。
そのため箱舟に乗れなかった人間と動物たちはみんな死んでしまいます。
雨がやんだあと、地上の水が引いたかどうか調べるために、ノアはまずカラスを放ちます。
しかし、水は引いておらず、カラスは止まる場所がなくて戻ってきます。
次にノアはハトを放します。ハトもカラスと同じように戻ってきます。数日後、ノアは再びハトを放します。すると、ハトはオリーブの小枝をくわえて戻ってきます。水が引いてきた証拠です。さらに数日後、ノアはもう一度ハトを放します。
そのハトが戻ってこなかったので、ノアは地上の水が完全に引いたことを知り、箱舟から出る決心をします。ハトは地球に平和が戻ってきたことを知らせた動物だったので、平和のシンボルとなったわけですよ」
「へえ、すごい」虎太郎は尊敬の目で大雅を仰ぎ見た。
「ぼくも小枝を加えたハトを見たことがあります。ますますハトが好きになりました」
「ふん」翔が鼻を鳴らす。「そんなのどうせ作り話だろ。そもそも世界中のすべての動物をつがいで箱舟に乗せるなんて不可能だし」
「本当の話と言っているわけではありません。ハトがどうして平和のシンボルになったのかという話をしているだけですから」
 大雅が冷静に反論したとき、虎太郎が前方を指さした。
「あれがぼくんちです」
 星野家は広大な敷地のなかにあった。敷地の中央に歴史を感じる大きな古民家がデンと建ち、その右隣にひと回り小さく比較的新しい住宅が一棟(いっとう)、左側には倉庫とおぼしき木造の納屋があった。古民家の母屋には虎太郎の祖母と祖父が住み、虎太郎と両親は新しい住宅に住んでいるという。
 庭に入ると、高齢の男性が植木の手入れをしていた。虎太郎が「じいちゃん、お客さんを連れてきた」と言うと、その男性、星野達男が振り返り、目をみはった。
「これはこれは、また大勢で。みなさん、虎太郎のお友達ですかな。孫がいつもお世話になって、ありがとう」
 達男は温厚そうな表情をしていた。虎太郎がかわいくてしかたないのか、目じりが下がっている。さくらが一歩前に出て、説明した。
「わたしたちはS中の生徒会のメンバーです。じつはお願いがあってやってきました」
「お願い?」
「星野さんは数年前までお米を作っていらしたと聞きました。できたら、そこをもう一度田んぼにして、わたしたちに貸していただけないでしょうか?」
 さくらは、S中校区で水田がなくなり、魚やカエル、水生昆虫などの生き物が減ってきていること。里山的な環境を守るためには水田も必要なこと。だから、S中の生徒たちで稲作を復活させたいと考えたこと。それらを熱心に説明した。説明の足りない部分は悠馬や大雅が補足して、達男も趣旨を理解した。
「そういうことか。なかなかすばらしい考えだと思うよ。だけど、米作りは手間がかかって大変だぞ。田んぼの管理も一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないし、米作りには田植えから稲刈りまでいくつもの作業がある。中学生が片手間でできるとは思えないな。
しかも、生き物を取り戻すためというのなら、農薬は使わないほうがいいだろう。そうすると害虫の駆除などでさらにめんどうくさくなる」
「やはり、わたしたちだけでお米を作るのは無理でしょうか......」
 しょんぼりするさくらに、達男が優しく笑った。
「中学生だけだと難しいだろう。だが、心配は無用。わしが一肌(ひとはだ)脱ごうじゃないか。後継者もいないし、自分の体力も落ちてきたので、一度は米作りをやめたけど、きみたちが手伝ってくれるのなら、もう一回挑戦してみるのも悪くない」
「さすが、じいちゃん!」
 虎太郎がすかさず持ち上げたが、達男は意外なことを言った。
「ただ、一つ問題があってな......」
「問題ってなんですか?」悠馬が聞いた。
「草刈り機も、耕運機も、鎌やすきも、農機具は一切合切、となりの納屋にしまっておるのだが、しばらく前から鍵(かぎ)が見当たらなくなってしまってな。合鍵はなくしてしまって、鍵はその1本だけしかない。その鍵がないと道具を取り出せないので、草刈りもできない状態なんだ」
 達男が生徒たちを母屋(おもや)のとなりの納屋へ誘導した。木造の納屋は古く、板壁が腐(くさ)ったのか、バレーボールほどの大きさの穴が、屋根に近い場所に空いていた。穴の下に白いペンキのようなものが垂れている。正面には両開きの木戸にかんぬきが通してあった。そのかんぬきは動かないよう大きな南京錠で固定されていた。

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「ごっつい南京錠ですね。壊して開けることもできそうにない。鍵はいつからないんですか?」
悠馬が問うと、達男が頭をかきながら苦笑いした。
「それがよくわからん。最後に納屋に入ったのは、二か月くらい前だったかな。そのあとということだけは確かだが、とくに気にかけていなかったので、いつなくなったかは不明だ」
「その鍵はどこに置いていたんですか?」
「ここだ」達男が納屋の側面に打ちつけたくぎを示した。「ここにひっかけていたんだが」
「えっ、こんな目につきやすい場所にかけていたんですか? あまりに無用心じゃありませんか?」
 さくらが目を丸くしたが、達男は軽く笑うばかりだった。
「だって農機具しか入ってないからな。盗む価値のあるような物はなに一つない。だいたいなかの道具を使う可能性があるのは家族でもわしだけだ。合鍵をなくしたのも持ち歩いていたからで、ここにひっかけると決めておけばなくす心配もないし、便利だと思っていたんだが」
「鍵と一緒になにかついていましたか」と大雅。「ほかの場所の鍵とかキーホールダーとか」
「納屋の鍵1本だけをキーホールダーに通していた」
「それじゃあ、犯人はそのキーホールダーのほうが欲しかったんじゃないですか。鍵をはずしてキーホールダーだけ持っていってもよかったけど、それには時間がかかるし、星野さんに見つかる可能性があった。リスクを避けるため、犯人は鍵ごとキーホールダーを盗んでいった」
 大雅が推理をひろうしたが、達男は首を左右に振った。
「100円ショップで買ったありふれたキーホールダーだぞ。飾りの金属プレートがキラキラ光る安物だ。あんなものを欲しがるやつはいないよ」
「わかった!」翔が声を張った。「犯人はカラスじゃないかな。ほら、カラスって光るものに興味を示すって言うじゃん。鍵が欲しかったわけじゃなく、光るキーホールダーに興味を覚えて、持っていったんだよ」
「そんなことあるかな」悠馬が疑問を投げかけた。「いくらカラスが賢いったって、釘(くぎ)にひっかけてあるキーホールダーをはずせるだろうか?」
 翔が反論する。
「ネットの動画で公園の水飲み場の蛇口(じゃぐち)のレバーを回して、水を飲むカラスを見たことがある。ぼくらが思っているよりカラスはずっと賢(かしこ)いんだぜ。それにカラスがやったっていう証拠がある」
「証拠?」一同、驚いて翔を見つめた。
「エッヘン」翔が屋根のそばに空いた穴を指さした。
「あの穴をよく見てくれ。白いペンキのように見えるのは鳥のフンだ。つまりカラスがあそこに止まって、釘にかかったキーホールダーをねらっていたんだよ」
 そのときみんなのうしろでじっと口をつぐんでいた心美が申し訳なさそうに口をはさんだ。
「あのぅ......」
「大場さん、どうしたの?」
 さくらの大きな目で勇気づけられ、心美が精いっぱい声を張った。
「犯人はカラスではないと思います。犯人はここにいる人間のだれかです」

マンガ イラスト©中山ゆき/コルク


■著者紹介■
鳥飼 否宇(とりかい ひう)
福岡県生まれ。九州大学理学部生物学科卒業。編集者を経て、ミステリー作家に。2000年4月から奄美大島に在住。特定非営利活動法人奄美野鳥の会副会長。
2001年 - 『中空』で第21回横溝正史ミステリ大賞優秀作受賞。
2007年 - 『樹霊』で第7回本格ミステリ大賞候補。
2009年 - 『官能的』で第2回世界バカミス☆アワード受賞。
2009年 - 『官能的』で第62回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補。
2011年 - 「天の狗」(『物の怪』に収録)で第64日本推理作家協会賞(短編部門)候補。
2016年 - 『死と砂時計』で第16回本格ミステリ大賞(小説部門)受賞。

■監修■
株式会社シンク・ネイチャー
代表 久保田康裕(株式会社シンクネイチャー代表・琉球大学理学部教授)
熊本県生まれ。北海道大学農学部卒業。世界中の森林生態系を巡る長期フィールドワークと、ビッグデータやAIを活用したデータサイエンスを統合し、生物多様性の保全科学を推進する。
2014年 日本生態学会大島賞受賞、2019年 The International Association for Vegetation Science (IAVS) Editors Award受賞。日本の生物多様性地図化プロジェクト(J-BMP)(https://biodiversity-map.thinknature-japan.com)やネイチャーリスク・アラート(https://thinknature-japan.com/habitat-alert)をリリースし反響を呼ぶ。
さらに、進化生態学研究者チームで株式会社シンクネイチャーを起業し、未来社会のネイチャートランスフォーメーションをゴールにしたNafureX構想を打ち立てている。
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