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秋元講師

現代文で選択肢の2つで迷った挙句、間違った方を選んでしまう件


今年度も高3生の授業は僕の担当分は全て終わりました。

毎年この時期はフヌケになってしまい、冬眠したくなります。


ですが、今週日曜日は「進研模試解説授業」。

来週からは「新学年準備特別講義」

2月25日には「早慶チャレンジ」で最新の入試問題解説と、

次の受験生に向けていろんな授業が目白押しです。


歳歳年年人同じからず。

僕もまた新たな生徒に揉まれながら、

志望大学への先導役を務めてまいる所存です。

ただ同時に、お茶ゼミの授業を受け終わった生徒たちや沖縄で教えた高校生、

このブログを読んでくれていた受験生のみなさんの思いが報われるように

今しばらく祈りたい気持ちでもいます。


今、受験真っ只中のみなさんへ。

結果が出たら教えてくださいね。

君たちの結末をきちんと見届けたいのです。

その「結末」が続く受験生たちの糧にもなると思います。

というわけで、今も祈りながら書いています。



さて、前回の続きです。

Q.1は、「現代文の記号化」について、でした。

ブログを書いている最中にお茶ゼミ生からまさに同じ質問を受けたり、

コメントにも「ちょうど悩んでいることでした!」

といったメッセージが寄せられたりして、

やっぱりブログを続けることには意味があるんだという思いを強くしました。



Q.2は表題にある通り

「現代文で選択肢の2つで迷った挙句、

間違った方を選んでしまうのだが、改善法はあるか」というものでした。

最初に手厳しいことを言ってしまいます。


「2つで迷ってしまう自体が、現代文の力のなさを露呈している」のです。

だから、間違えた方ばかり選んでしまうのは、

力はあるのに運がなくて評価されないかわいそうな子、

ではなくて、至って必然だったのだと言うべきなのです。



「2つで迷ってしまう」ことの要因は2つあると思います。

1つは「定義」の握り締めが甘いまま(そもそもその自覚もなく)、

選択肢にあたってしまい、ダミー選択肢に引き摺られて間違えるという場合。

もう1つは、自分なりに想定した構造把握(文章の整理整頓)よりも、

作問者の設定した読解レベルの方が一層の綿密さを要求している場合。



前者であるなら、「定義」を掴むという

「現代文(評論文)」そのものの力がなかったのですから、

「選択肢の捌き方のテクニック」云々に逃げ道を探すのではなく、

正面から文章自体に当たって鍛錬を続けていくべきです。



アドバイスしたいのは、後者の場合です。

文章全体をざっくり把握してしまうのは、むしろ能力がある証拠です。

「評論文」という試験はとどのつまり

「要約する力」を計るものなのですから。

このことはかつてのブログでも言いました。

ただ同時に試験というのは

作問者の要求に応えなければならない
ものです。

ですから、選択肢で迷った場合、

自分の想定よりも緻密な「整理整頓」を求められている

のだと判断してみましょう。


そこで「0.5読」の出番です。

これも以前のブログで詳しく書いたことですが、

「評論文」は「2.5読」せよ、と僕は言ってきました。

その「0.5読」部分が「選択肢で迷った場合」に必要となってくる

というわけです。


ともあれ、「評論文」で選択肢に迷いだしたら、

「危険信号」が点灯したと思うべきです。

この「危険信号」を前向きに捉えると、「迷いだした」ということは、

文章の把握が間違っていた(少なくとも甘かった)

ことが「試験中」に気づけたわけですから、

間一髪、ラッキーだと思って、さらに集中力を高めてリトライ

(選択肢を睨みつけるのではなく、速やかに本文に立ち戻る)

する好機到来だともいえます。

僕もそんな危機一髪はたくさんありました。

あやうく0点だったところを、一気に満点に引き戻す。

そのきっかけを与えてくれるのが選択肢なわけですから、

選択肢で迷うということはあながち悪いことばかりでもないとも言えますね。


長々書きましたが、僕が言いたかったのは

「何故、選択肢で迷ってしまっているのか」

ということに自覚的であってほしい、

ということです。


参考になれば幸いです。




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2018年2月 2日 | 現代文