トップ > 早慶・難関国立 合格の流儀> 合格者取材で思ったこと
先日、2011年度入試で見事合格したお茶ゼミ生十数人に取材する会がありました。
とはいっても、私は単なるサポート(「傍観者」とも言う)にすぎず、
実際に会を取り仕切ってくれたSさんには本当に頭が下がります。
出席者はみな難関大学に進学する人たちです。
皆さん合格したばかりで気分が高揚しているのか、
写真撮影に応じてくれたり、アンケートを詳細に書いてくれたり、
インタビューに答えてくれたり、ありがたいことです。
私はといえば、傍観者なりにできることはないかと思ったのですが、
結局傍観した以外に何もできず、
早慶東大に合格した何人かの生徒たちに
こんな質問をするだけで終わってしまいました。
「あなたは見事合格しましたが、残念ながらそうならなかった人もたくさんいます。
彼らと比較して、あなたが合格できた原因はどこにあると思いますか?」
返ってきた答えは様々でした。
「やるべきことを効率的にできたから」
「帰国子女であるおかげで英語に苦労せず、
その分他の教科に力を振り向けられたから」
「勉強にかけた時間と量だけは負けなかったから」
・・・・・・などなど、それぞれ面白かったのですが、
期せずして複数の人から聞いた答えに
「基本的に楽観的だが、外してはいけないところは外さなかった」
というものがありました。
「楽観的」というのは、悲観的になるあまり自分を追い詰めすぎない、
という意味でしょうが、
「外してはいけないところ」とは何でしょうか?
答えは人それぞれ違うと思いますが、それが何かを自分で見抜き、
そこにパワーを振り向けたことが勝因の一つであることは間違いなさそうです。
しかし、それはどうしたらできるようになるのか。
その絶対確実な方法はありません。
これまで培ってきた「自己分析能力」とか、「勘」とか、
「嗅覚」といったものに頼るより他ないようです。
ツボを自力で見つけていくしかないのが、受験勉強の難しさなのでしょう。
そうした中、早稲田大学の複数の学部に合格したNさんの答えが印象的でした。
「模試の判定が悪くて落ち込んで、入試前に自信喪失気味だったときに
『これだけやったのだから自信をもってやりなさい』といってくれた家族がいたこと」
ひょっとしたら私はこの言葉を聴きたくて取材に参加したのかもしれない、
と今頃になってから思うほどに、
彼女の口から自然に流れ出たことが印象的だったのです。
「受験勉強」「模試の判定」……あまりいい言葉ではありません。
でも「受験勉強できる」「予備校に通える」、そして「大学にいける」ということは、
決して当たり前のことではありません。
このことを今回の震災は私たちに「わからせて」くれました。
その「わかる」とは、単に「言葉の上でわかる」ということではありません。
それまで当然のようにそこにあった生活が、
わずか10分そこそこで根こそぎ奪われていく光景を画面で見ると、
自分の合格はおろか、
日々の生活すらも家族をはじめとする多くの人の支えによるという、
単純な、あまりに単純な事実が、
「恐怖を伴うほどにわかる」ということです。
……とここまで書いた夜半過ぎ、偶然ネットで見つけた文章があって、
私はこれ以上書く必要はないと思いました。
或る高校(男子校・お茶ゼミにも通っている生徒さんがいます)が
卒業式を中止にする代わりに、
校長先生(学者さんでもあるようです)が卒業生に発したメッセージです。
これから大学に行く皆さんはぜひ一読を。
http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/
言葉は所詮言葉でしかありませんし、
このメッセージの言葉に反して生きることもまったくの自由ですが、
そうした自由すらも実は当たり前のことではないことを
読み取ってもらえれば幸いです。
KEY:[中村・大学・入試・受験・合格〕
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2011年03月28日 | やる気アップ!