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秋元講師

「早稲田への現代文①」



ご無沙汰です。箒の反響、思いの外ありました。

なんだかいいことした気分。

いっそこの手の話ばかりしてた方がみんな幸せなのではないかとも

思いましたが、受験の相談もありました。当たり前か。

そのうちの一つを今回は取り上げます。レスが遅くて申し訳ないです。




「はじめまして。高3です。もうすぐ受験です。

ところで、全然現代文が読めません。何を言っているのかはわかるのです。

しかし問題が解けません。記述模試はそこそこできるのですが、

マーク模試になると死にます。評論が50点中14点とかです。

(10点は漢字)選択肢が5つあったとしたら、正解ともう1つまでは絞れます。

しかしそこで不正解のほうを選んでしまうのです。

選択肢で間違えない方法を教えてください。よろしくお願いします。」



この悩みは現代文を苦手とする受験生の最も典型的なものではないでしょうか。

待ってました。喜んでお答えします。



相談者が図らずも吐露しているように、

実は「記述式」より「マーク式」の方がスリリングなのです。

記述ならまあまあな読解ができればまあまあな点数が貰えますが、

マークはまあまあな読解でしかない場合ダミー選択肢に目が眩んだ結果

0点、 力はまあまああるはずなのに最悪全滅という可能性もあるからです。

実はマーク式の方が点差が開きやすい。



ところで僕はマーク式であるセンター試験で受験生時(1989~1991)、

現代文は100点満点しか取ったことがありません。なぜか。



バックナンバーの「僕が馬鹿だった頃①・②」で書いたことを

もう一度強調しておくと、

「『マーク式』こそ選択肢を見る前に〈答〉を確保しておくこと」です。

〈答〉を握りしめていないから紛らわしい選択肢に

引き摺られてしまうのではないでしょうか。



サンプルとして2005年のセンター本試験を取り上げます。



問4 傍線部(C)「映画が映画であるのは、この速度を産み出す時間

に依存している」とあるが、筆者は「映画」が「時間に依存している」

ことでどのような結果が生じたと考えているか。

その説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。

① 映画は、人間の一生をわずか二時間たらずで映し出すことを可能にしたが、観客

をひきつける動く映像の迫真生によって、国家権力やコマーシャリズムに利用されて

しまうという結果になった。

② 映画は、一秒間に二十四齣というフィルムの映写速度で観客の眼差しを支配し、

神話などの虚構まで表現することを可能にしたが、そうした錯覚によるまやかしは

見ることの死をもたらした。

③ 映画は、限られた時間のなかで壮大な時空間を描き出すようなことを可能にした

が、映画に見入っている時間をきびしく制限しようとすることで、観客の眼差しを抑圧

してしまうことになった。

④ 映画は、息つく間もないスピード感に満ちた物語や広大な宇宙の物語を表現する

ことをも可能にしたが、ゆるやかに移ろいゆく時間を、反復とずれによって表現する

ことが不可能になった。

⑤ 映画は、画像が連続する新しい芸術として発展したが、ひとたびその速度に

慣らされてしまった観客には、映画や写真のように静止した画像と内面で

ゆっくりと対話することが困難になった。



さて、本文がこの場で紹介できないのと大幅な字数オーバーから、

解説は次回にします。できたら、センター試験の本文を手に入れて

読解してみて〈答〉を確定しておいてください。

そのうえで正解が何番かも決めてみてください。すぐにアップします。



KEY:[秋元・早稲田・国語・現代文・入試・記述・マーク]

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2009年12月08日 | 早稲田