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中村講師

慶應大・法 合格復元答案(2)



あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。



さて、では早速ですが、前回取り上げたK.M.さんの小論文

復元答案を見てみましょう。

2008年度の慶應法の小論文(正式には「論述力」)の設問

(課題文は赤本等を参照してください)は・・




・・こうでした。




設問 文章を読み、明治末期以降の「知識人」と一般の人々

との関わりについて400字程度で要約しなさい。次にこの点

について、現代日本社会に生きるあなた自身の視点から自由

に論じなさい。(1000字以内)

K.M.さん 2008年度 慶應義塾大学法学部政治学科合格答案(論述力)

 明治末から大正期を経て、「知識階級」、「知識人」という言葉が

成立することと平行して、それらの存在意義が意識されるようになっ

ていった。これは、明治末期以降、「知識」「思想」が大衆の営む現

実の生活を超越するもの、そこから遊離したものであるというイメー

ジが広がっていったためだ。このような「知識」「思想」と現実生活

との距離をどう評価するかで「知識人」に対しても相異なる二つの立

場が生まれた。すなわち、一方では「知識」「思想」を新たな世界を

開くものだと捉え、「知識人」は「大衆」を啓蒙する役割だと捉える

立場が、他方では「知識人」の有する「知識」「思想」は大衆の生活

に関わらないため、その意義が曖昧だと考える立場が生まれた。この

ような「知識人」と「大衆」との関係はどうあるべきかという関心が

「知識人論」のテーマであり、この関心は明治以来、「知識」が西欧

伝来のものであり、大衆の意識から遊離する面があったことと関係す

る。私は現代日本における「知識人」と一般の人々の関係は、前者が

後者を啓蒙するものだと思う。たしかに、現代の科学技術のような

「知識」は大衆、特に老人にとって意義が曖昧であることも少なくな

い。たとえば、携帯電話は、初期の通話機能のみを備えたものから今

ではあらゆる機能を備えたものにまで発展し、我々若者でさえ把握し

きれなくなってしまった。しかし、そこで登場したのが老人向けのシ

ンプルな携帯電話である。これは実際、私の祖父母も使用しており、

「機械とは縁がないと思い、外出先で連絡が取れない不便さを我慢し

ていたから嬉しい」と話していた。

 この例から私が主張したいのは、知識人は知識の用い方によって大

衆の新しい世界を開くことも、閉ざすことも可能だということである。

ただし、現代の知識人は、明治末の知識人とは異なり、単に知識を次々

と導入するのではなく、行きすぎたら大衆の理解していたところまで

戻ることができると思う。これは、明治末以降のさまざまな先例がある

からこそ可能なのである。現代の知識人にとって大切なのは、大衆の許

容範囲を見極めつつ啓蒙していくことであり、そうすることで知識人と

大衆とが互いに理解しあえる関係を築くことができると考える。


第1段落の要約部分については特に言うことはありません。

「明治末期以降の「知識人」と一般の人々との関わり」を要約すること

が設問の要求ですから、それ以外のことを要約する必要はないわけで


(完璧ではなくとも)十分にまとまっていると言えるでしょう。

それで、肝心の意見部分ですが、この答案の良いところは、まず

①:要約された筆者の意見に対する自分の立場がはっきりしている

ということです。

つまり、明治以降の日本における「知識人」と一般の人々とのかかわりに

ついて筆者が指摘する二つの立場、

1)「知識」は新たな世界を開くもので、「知識人」は一般の人々を啓蒙

する役割だと捉える立場

2)「知識」は一般の人々の大衆の生活に関わらないため、「知識人」の

意義が曖昧だと考える立場

について

現代日本社会においては、2)ではなく1)であるという基本的立場が明示

されている

ということですね。さらに、

②:①の理由となる「現代日本社会に生きるあなた自身の視点」が

はっきり出ている


ということです。ここでは携帯電話を使う祖父母の話が「あなた自身の視点」

として取り上げられています。

「なんだそんなの幼稚な話じゃないか」と思われるかもしれませんが、

実はこの話は「高齢化」という現代日本社会の動向をちゃんと反映しているわ

けで、その限りでは設問の要求を十分に満たしているわけです


(K.M.さん本人がどこまで自覚して書いたかは別として・・・)。

さらに、最後の段落では

③:過去と現代の違いが冷静に比較分析されている

ということも良いところです。

「知識人」が一般の人々を「啓蒙」するという役割そのものは明治末期も現代

も変わらない(上記①参照)としても、

現代の知識人は、明治末の知識人とは異なり、「啓蒙」に終始するのではなく、

一般の人々が理解する度合いや許容する範囲に十分配慮することができる

という指摘は、決して的外れだとは言えません。

一般の人々に分かるような説明ができない(最近の言葉で言えば「説明責任が

果たせない」)ような「知識人」は現代では無用どころか、厳しく批判された

りすることもありうるからです。

K.M.さんの答案は、(記述の明瞭度は多少落ちるにしても)

そうした現代のトレンドを捉えている

ことになるわけで


{現役高校生が初見の問題に対して制限時間内に書ける答案}

としては

(↑これは絶対に考慮すべき条件です。諸予備校や参考書が出している解答例は、

この条件を無視して大人が書いたものだということをお忘れなく)

十分な出来と言えるわけです。



KEY:[慶応大 法学部 政治学科・小論文・論述力・合格答案・設問の要求・

要約・意見・自分の立場・自身の視点・比較分析・制限時間]



 


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2009年01月02日 | 慶應